2017年1月15日日曜日

日本登記法研究会

今般、日本登記法研究会が設立され、慶應義塾大学法学部の武川教授を世話人代表として活動されることとなりました。日本土地家屋調査士会連合会からも岡田が世話人副代表としてお手伝いさせていただくところです。

来る3月11日(土)に東京四谷の日司連ホールにおいて創立記念研究大会を予定しています。近々ホームページを立ち上げて会員の募集も始まります。詳細等わかりましたらまた報告しますが、私たち土地家屋調査士も表示に関する登記の専門家として積極参加し、登記制度の有用性・必要性を社会発信すべきと考えていますので、よろしくお願いします。



2017年1月9日月曜日

賀詞交歓会

毎年、仕事始めが終わると各団体から案内のあった「新年賀詞交歓会」に連合会会長、副会長と手分けして出席しています。1月6日の日本弁護士連合会に始まり、今週〜来週にかけてがピークとなります。私たち日本土地家屋調査士会連合会の賀詞交歓会も18日に東京ドームホテルにて開催しますが、他団体・他士業の賀詞交歓会にお邪魔し、その受付の段取りとか、事務局職員の配置、政治家さん対応、来賓への対応、交換会の進行、お料理等々参考にしたいことが満載です。もちろん、日調連のやり方が優れている部分もあります。賀詞交歓会への参加も、ただ出席してくるのではなくて事務方も含めてしっかりと伝え、私たちのステータスアップにつなげようと意識しています。。

2017年1月5日木曜日

仕事始め

正月休みもアッという間に終わって、私の事務所では4日から業務をはじめました。ありがたいことで、仕事始めを待っていてくれたかのように、午前中から電話が数件かかり新規の業務を依頼いただくことができました。こんな正月明けは、今までなかったと思います。誠にありがたいことです。

連合会会務も今日(5日)に上京し、再開したところです。机の上には決裁待ちの書類がロッキー山脈のように積み上げられ(岡田はロッキー山脈を見たことはない)、後ろの棚にも土地家屋調査士登録関係の書類が山盛りです。明日からは、他士業の賀詞交歓会や挨拶回り、全国会長会議の準備や日調連の賀詞交歓会の確認です。しかし、東京は松山に比べるととても寒いです。

そういえば正月早々、我が家では「炊飯器」が壊れてしまい、お年玉セールと銘打った家電量販店の餌食と相成りました・・。

2017年1月3日火曜日

箱根駅伝

母校が箱根駅伝に出ていない正月は、とても退屈だ。自分の中での盛上がり具合が別次元である。
とはいえ、友達の出身校や水道橋の連合会事務局近くの大学、お付き合いのある先生の学校を応援しながら三が日を過ごしているところだ。
そして、出場が叶わなかっといっても、母校の後輩たちは盆も正月もなく走り続けてきたはずだ。次の機会こそ努力が報われることを念じながら初詣に出かけることとする。

2017年1月1日日曜日

新年の始まり

あけまして、おめでとうございます。松山の2019年の始まりは、晴天でとても暖かな元旦でした。昨年の十大ニュースをお伝えしていなかったので、遅ればせながら・・・。
① 筆界特定制度10周年事業(房村先生の講演、子供霞が関見学デー等への参画)
② クライストチャーチでの珍道中
③ 国際地籍学会で台湾(台中)訪問
④ ピロリ菌の発見と除去
⑤ 国交省の「所有者の所在の把握が難しい土地への対応検討会」へ参画
⑥ 愛媛大学での非常勤講師を継続
⑦ 法務省と連携し、筆特活用スキームの試行を始める
⑧ 建物所在図の作成に関し、松山において試行的に作業開始
⑨ 業務情報公開システムを全国8箇所(約320名)にて実証実験
⑩ 数年ぶりの家族旅行(小樽方面)は、食い倒れの旅。
番外 多くの単位会の研修会にお呼びいただき、たくさんの方々のお話を伺う事が出来ました。ありがとうございました。

2016年7月29日金曜日

クライストチャーチにてⅡ

今回もクライストチャーチでの様子をお伝えすることとしたい。
 キャリーバックが空港に届かなかったところまでは、報告したが、空港からホテルに向かうのも一苦労であった。出発前日にFIGの事務局からメールが届いていた。内容は、クライストチャーチの空港に到着したら、FIGのブースがあるので訪ねなさい。赤いTシャツを着たスタッフに声をかけたら案内する と書いてあった。さらには、青色のタクシーに乗るとリーズナブルで安心できるので紹介するともメールを受信していた。ところがである、FIGのブースは発見できたものの誰もいない。赤いTシャツの人も見当たらない。町の地図だけが数枚置いてあるだけである。トボトボとタクシー乗り場に向かうが、青いタクシーなんて一台も存在しない。「どうなってるんだ、この町は。」到着していきなり自暴自棄状態になるとは思いもしなかったが、空港でボサーとしてるものシャクに触るので、黄色いタクシーに乗ってホテルまで移動することとした。20分程度でホテルに到着。
 ホテルのフロントに「後ほど、キャリーバッグがニュージーランド航空から届けられるので、部屋まで連絡して欲しい」と伝えたいのだが上手く伝わらない。5月のニュージーランドは日本の初冬に当たり、クライストチャーチの町は緯度的には札幌よりも寒い地域であるので、ホテルのロビーも少し寒い。暖炉に焚べられた薪までが岡田の英語力を試しているかのような錯覚に陥る。そうこうしていると、キャリーバッグが心細げに登場!事ここに至っても「Sorry」とは誰も言わない。部屋に案内され、テレビをつけると、当たり前に英語の番組のみである。ラグビーの試合を昼夜を問わず中継していたので、やたらとラグビーのルールやニュージーランドリーグのチームには詳しくなった。ところが、WIFI環境が整備されているとの情報だったので、当該ホテルを予約したのであるが、まったくつながらない・・。もう、どうにでもしてくれ。
 到着した日の夕刻からは、FIG主催の歓迎レセプションである。クライストチャーチの中心部にある大聖堂が会場と書いてあり、ホテルのフロントに行き方を尋ねてみると、ホテルの前の道路を挟んだ公園を突っ切れば行けるような説明である。オークランド空港でのイヤな記憶が蘇ってきたので、よくよく聞いてみるとホテルの横から送迎バスが出るらしい・・・。どうして先に言わないんだよ!後から確認したら公園は、とても広い公園でラグビーのグランドが5面以上あるし、大きな池や立派な川もあって公園内にはゴルフ場まであるのだそうだ(写真参照)。そんな広大な公園を突っ切る事が現実的か否かとか考えないのか、この国の人は?
 歓迎レセプションにおいて、日本から来ている人達と合流できた。英語の海で溺れかけていた私は、危ういところで蘇生し、心の底からありがたいと感じる時間に合流することができたわけである。周りは世界中からやって来た測量技術者や学者、教育者の皆さんでいっぱいだ。皆さん陽気に話しかけてくれる。我が人生における英語メーターをMAXにして意思の疎通や情報交換を試みる。相手も理解しようと頑張ってくれる事もあって、なんとかなるもんだと悦に入りながら、見渡してみると女性も2〜3割は占めている。立食のパーティなのだが、飲み物の種類、量の豊富さに比べて食べ物は正直ショボイ。ここからが、ニュージーランドにおける食事惨劇の幕開けであった。歓迎レセプションが終了する頃には、同じホテルに滞在する日本人は存在しない事が判明し、宿泊ホテルの送迎バスに乗ると酒の入った外国人さん達は皆、大声で歌っている。たった一人で乗り込んだ日本人が、このテンションに合わせることの難しさは読者の皆さんにも想像が付くと思う。
 翌朝からは、いよいよFIGの本番に臨むわけだが、その前に滞在ホテルでの朝食である。手入れの行き届いた庭に隣接する、小ぢんまりとしたレストランに案内される。部屋番号を伝えてブュッフェスタイルのトレーを手にしようとした瞬間、「Youの朝食提供は登録されていないので、現金で払うのね」と確認してきた。そんなはずはナイのであって、言葉に不安がある私としては、全日程朝食付きのプランを予約したはずだ。「フロントに確認して欲しい。」と頼んでも「Youが自分で確認して来い。」的な態度である。ホトホト嫌になりながらフロントまで行って「My breakfast charge OK?」みたいに尋ねてみると、書類を確認してくれて「OK!」と言う。ならば「一筆書いてくれ!」と頼んでみる。レストランに電話で伝えると言っているが、日本人の感情としては、もう信用ならない。「とにかく、つべこべ言わずに一筆書いてくれ!」
 そんなことをやっていたので、すっかり時間が経過してしまい大急ぎで朝ご飯を食べようとしたが、ブュッフェ料理の数々を見渡してがっかり・・・。主食は見た目グチャグチャなオートミールだ。「うーん、無理。」スクランブルエッグとベーコンとヨーグルトだけを食べて明日以降に期待する事とした。それにしても、ニュージーランドの人は野菜を食べる習慣があまりないのか、サラダは見当たらない。その代わりなのか、キウイ、桃、プラム、バナナ、リンゴ、オレンジ、マンゴー等の果物は豊富に準備されている。小ぶりなリンゴを丸噛りしながら歩く黒人さんは、まるで森の中から現れたゴリラ君ようで、威圧感がある。

 今回の巻頭言も、なんだかよくわからない内容になってしまった。いつまでたっても肝心のFIG本体の会議の様子やコミッションの中身を報告するところまで至らない事をお詫びするとともに、次回は世界の測量者達の取り組みについて紹介したいと考えているので、お許しいただけると幸いである。

2016年6月21日火曜日

クライストチャーチにて

今年のゴールデンウィークは、ニュージーランドのクライストチャーチで過ごした。と言うと素晴らしく優雅に聞こえるが、バカンスでもリフレッシュでもなく、日本土地家屋調査士会連合会の会務の一環で「国際測量者連盟」(以下、FIGという。)のワーキングウィークに五日間連続で参加をしたのであった。このFIGの国際会議への参加は、岡田自身は、今回が初めてであるのだが、日本土地家屋調査士会連合会からは毎年派遣をしており、前回はソフィア(ブルガリア)、前々回はクアラルンプール(マレーシア)、それ以前もローマ(イタリア)、アテネ(ギリシャ)といった大会にも当時の役員が出向き、情報収集と国際交流に携わったところである。
 世界各国から200名以上の人々が参加して開催された今回のワーキングウィークにおける全体テーマは、「災害からの復旧」である。開催都市のクライストチャーチは、日本で東日本大震災が発生する約一ヶ月程前に続発した大地震に襲われた町としても有名な場所だ。世界的に見れば地震だけでなく、洪水、暴風、津波、干ばつ、原発事故、戦争後の後遺症など多くの人々が様々な災害に直面しているわけであり、自然に起因するか否かを問わず、災害は私たちのような専門家にも影響を及ぼしているところである。このような観点から今大会では連日、主に7つのコミッションに分かれて世界の学者や教育者、実務者等が論文の発表がおこなわれた。各コミッションは、①専門職の標準と実務。②専門職の教育。③空間情報の管理。④水路測量。⑤測位と測定。⑥応用測量。⑦地籍測量と土地の管理。⑧空間の計画と開発。⑨不動産の評価と管理。⑩建設の経済と経営。という内容である。日本土地家屋調査士会連合会としても私個人としても、⑦地籍測量と土地の管理。あるいは②専門職の教育。⑨不動産の評価と管理。といったコミッションを中心に情報収集をおこなうのが使命と考えたところである。
 会議も昼食時のコミュニケーションも会場移動も、当然に全て英語でディスカッションされる。中学の頃から英語が大の苦手だった私には難しい専門的な内容は理解不能の部分も多々あったが、参加が決まる頃からたまたま始めた、今流行りの「聞き流すだけで身につく英語」みたいな教材を聞いていたおかげか、笑いを取ろうとしているところの感覚とか、何日も英語しか耳に入ってこない空間での生活への慣れとかという分野では役に立ったと実感したところである。事実、論文発表を聞いている間も眠くなることもなく割りと楽しんで過ごせた。
 ただ、海外へは台湾に二度行ったことがあるだけの私が、成田空港からオークランドを経由してクライストチャーチまでたどり着くまでの道中はハプニングとトラブルの連続であった。FIGの国際会議の様子や内容は、次の機会で紹介するとして、今回はクライストチャーチの町の様子や道中のハプニングを伝えてみたい。
 まず始めに断っておくのが、往路は一人旅である。日本から参加する他の人とは現地集合であった。それでも成田空港までの経路は、日本国内でもあるし順調そのもので、ニュージーランドドルへの両替も出国審査も時間の余裕をもって出来たし、空港内のランウンジでゆっくりとした時間も確保できた。しかし、飛行機に搭乗してから本当の闘いが始まるのである。満席の機内で私に与えられた席は、後ろから三列目の窓側であった。もちろんエコノミークラスだ。国内線には、ほぼ毎週乗って移動している私でも「狭い!」と感じる空間しか確保できない。結果として、ここで座ったまま10時間を過すわけだが、まあ腰は痛いし、寝た気にはなれないし、人生初の機内食も食べた気分にもなれない。隣に座った若い女性たちは旅慣れた感じで、クークー眠っている。起こしてトイレにいくのも気が引ける。立ち上がって屈伸をしたい衝動にかられるが無理。外国に行くときは、通路側の席を確保する事は、おじさんにとっては絶対条件である。
 やっと、ニュージーランドの首都であるオークランドに到着した頃には、腰の痛みと尻の痛さで生きた心地がしなかった。ニュージーランドは、入国時に食べ物を持ち込むことに、とても厳しい国らしく、果物や蜂蜜、生物はその場で処分しろとガイダンスが流れていたところ、前に並んでいた日本人は「手作りおにぎり」が引っかかったようで「捨てろ!」と言われている。突然、「食ってやる!」と怒りながら食べ始めたので、私も手伝って食べてあげた。後で考えると、この「おにぎり」が今回の行程における食べ物で最も美味しかった事になる。
 ここで、オークランドからクライストチャーチ行きの国内線に乗り継ぐわけだが、キョロキョロした時には既に周りには外国人ばかりである。案内係らしき人にクライストチャーチ行きのチケットを見てもらったところ、大阪の人々のようなノリで、「オー、ドメスティックね。ドアを出て、緑色のラインに沿ってピューと行って、シュッと曲がったところだよ。」的な内容だったので、キャリーバッグを引っ張りながら歩いて向かうが、私以外に緑色のラインに沿って歩いてる人なんて皆無である。見渡したところ、空港らしき大きな建物もないし、不安なまま1キロは歩いたと思うころ国内線空港らしき施設が見えてきた。後から聞いたら当然にシャトルバスが運行してたらしい・・。乗り継ぎ時間にギリギリで到着。荷物係員が、私のキャリーバッグを奪うようにベルトコンベアーに載せて、「おまえは早く行け!」と言われるがままに国内線の飛行機に乗り込んだ。1時間半ほどの国内線では、成田からほとんど寝てなかったこともあって、屍のように眠ることができた。
 とうとう目的地であるクライストチャーチに人間は到着。しかし、荷物受け取り場に、オークランドで預けたキャリーバッグが来ない。いつまで待っても出て来ない。係の人に身振りと片言の英語で、事情を説明して調べてもらったところ、私のキャリーバッグは未だにオークランドにあるらしい事が判明。「困るよ!どうなってんのよ!」と言いたいのだが上手く伝わらない。係の中年女性は、両手を広げて「このジャパニーズは、なにをそんなに怒ってるんだろう。悪いのはオークランドの連中だよ。私のせいじゃないね。」的な対応で、おまけに「荷物が届かないことは、よく有ることだし最終便でまとめて運んでくるよ。」ってことらしい。あんまり腹立たしいので、日本語で「なんだ、この国は!俺は怒ってるんだ!このスットドッコイが!」と叫んでみたら、やっと本気になったようで、日本語スタッフを探し始めた。しかし運悪く、日本語スタッフは休暇中。その間も日本語で不満をまくし立てる私を見かねたのか、日本人が近づいてきてくれた。聞けば、クライストチャーチで家族で暮らしてる方らしい。慣れた様子で、状況を聞き取ってくれて私に伝えてくれる。「キャリーバッグは、早急に手配して、あなたの宿泊先に届ける。」と言ってるらしいが、いっこうに宿泊するホテル名を聞いてくれないわけで、いい加減イヤになった。この最初からのやり取りの中で、航空会社関係者から「Sorryの言葉を聞くことは一切なかった。お国柄かも知れないが、お客さんを玄関で迎える心意気とか、おもてなしの気持ちを持てと言うのは通用しない事を勉強した。